老友ニュース
上坂冬子さんが遺してくださったもの |
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本紙4面で、「私だけが知っている話−戦犯と妻と子の不運−」を連載していただいている上坂冬子さんが亡くなられた。78歳だった。 病床の身でありながら、連載を引き受けてくださり、3本の原稿を遺してくださった。遺稿は掲載を続けさせていただく予定だが、某雑誌では、自らのガンの闘病記を連載中だった。 上坂さんの生きざまに接して、思い起こすものがある。 幸せに死ぬ方法 「あんじゃり」という雑誌、親鸞仏教センター発行の情報誌だ。アンジャリとは、古代インドのサンスクリット語で、「合掌」を意味する。 その第10号(2005年12月1日発行)に、森津純子さんという女性(ひまわりクリニック院長)が「幸せに死ぬ法」と題した文章を寄せていた。 肩書きにあるクリニックはホスピスのようで、筆者は、すべての人が「幸せな死」を迎えられるように努力する。しかし、どんなに心を尽くして看病しても、どうしても幸せに死ねない人が出て来てしまう。 なぜなのか――「幸せに死ねない人々」には、共通の問題があることに気づく。 〈幸せに死ねない人たちは、「不満や不幸を見つけることがとても上手」なのである。彼らは、どんなに素晴らしい環境、状況が周りに用意されても、必ず不満や心配や不幸の種を見つけ出しては、そればかりに心を集中してしまう。周りの人たちがどんなに、そうした問題の種を取り除いたり、気持ちをそらそうと手助けしたりしても、問題にしがみつくのだ。つまり、本人自身が、心の中の不幸を手放そうとしないのである。そのため、心の中に幸せが入り込む隙間がなかったのだ〉 逆に、どんなときでも、常に幸せでいられる人がいる。 〈彼らは、どんな絶望的な状況の中にあっても、その中にほんのわずかに、きらりと光っている希望の種を探し出すことができた。こうした人は、たとえ、重い病気にかかって、死の間際にあっても、病気や死の中に眠っている希望の種を見つけ出し、幸せに死んでいった〉 そこで、筆者は「幸せに死ぬための究極の方法」は「どんな逆境や絶望の淵にあっても、心の中に幸せや穏やかな心を保っていられるだけの力をつけること」だと、結論づける。 〈天国とか、浄土とか、ユートピアというものは、どこか夢の島にあるのでも、あの世にあるのでもない。一人ひとりの人々が自分の心の中に作り上げるものだ〉 この森津純子さんの考えを実践したのが、上坂冬子さんだったような気がする。 上坂さんの死を悼むと同時に、私たちは、上坂さんの遺していってくださった教訓を噛み締めて生きていきたいと思う。合掌 |

