同友会メディカルニュース

2019年12月号
情報技術革命と医療の未来について

今年10月下旬に、米グーグルが量子コンピュータを使ってスーパーコンピュータ(スパコン)の性能を大幅に上回る性能を実現したというニュースが流れたのをご覧になった方も多いと思います。曰く、最先端のスパコンが約1万年かかる計算を3分20秒で解き「量子超越性」を実証したとのこと(これに対してはIBMが反論を公開中)。また少し前の話ですが、2016年3月に同じくグーグルのグループ会社が開発した囲碁AI(人工知能)「アルファ碁」に、世界的なプロ棋士が完敗したニュースが大きく報道されたことも記憶に新しく、このままいくと2045年には人工知能が人間の脳を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)に到達するのでは、とも言われています。

量子力学の第一人者であるリチャード・ファインマンが「もしも量子力学を理解できたと思っているならば、それは量子力学を理解できていない証拠だ」という言葉を残しているぐらいですので筆者が理解出来るはずもないのですが、量子コンピュータやAIの他にも最近は5G(第5世代移動通信システム)、IoT(モノのインターネット化)、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)といった用語をメディアで目にしない日はなく、デジタルテクノロジーがこれまで無縁と思われてきた暮らしやビジネスの隅々にまで入り込む時代が近い将来に到来して、AIoT(AI+IoT=人工知能を搭載したモノのインターネット化)が第4次産業革命を起こすといった見方が強まっているようです。

こうした動きは、膨大な情報量(ビッグデータ)ばかりが先行し人の手に持て余した時代を経て、人工知能や量子コンピュータによる処理の高度化・自動化・高速化のおかげで、それらの情報を人智を超えた水準で活用し得る環境が整いつつあることを意味していますが、それでは医療の世界ではこうした情報技術革命によってどのような未来が期待されているのでしょうか。

御存知のように日本では世界で類を見ない速度で高齢化が進行しています。医療は病気にかかわる究極の個人情報を扱い、また法律や倫理問題など多くの壁が存在するため最新テクノロジーの導入には慎重な部分もありますが、急速な高齢化は近い将来労働力人口が減る一方で医療を必要とする高齢者は増加することを意味しており、医療の領域こそ情報技術の応用に期待が高まっています。こうした中で厚生労働省は2017年6月に「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 報告書」を発表し、その中で重点領域として<表1>の6領域が選定されました1)。

〔表1〕 AI開発を進めるべき重点6領域および施策内容
領域 施策内容
①ゲノム医療 国立がん研究センターにゲノム情報管理センターを整備し、臨床情報や遺伝子解析情報等を横断的に解析するデータベースを構築
②画像診断支援 関連医学会が連携して画像データベースを構築し解析することで正確な診断の補助となる提言を行う
③診断・治療支援 論文や診療データの蓄積によって最新の知見に基づいた提案を行う
④医薬品開発 創薬ターゲットの探索に向けた知識データベースを構築すると共に、製薬会社とIT企業のマッチングを支援する
⑤介護・認知症 介護における早期発見・重症化予防に向けたデータ収集及び予測ツールの開発、介護計画立案の自動化
⑥手術支援 手術関連データを相互連結するインターフェースの標準化によって安全で精度の高い手術を実現する

今回のニュースでは特に①~③について解説します。

①ゲノム医療

ヒトの遺伝情報(ゲノム)は個人によって配列が異なり、その変異が疾患の原因や薬剤感受性の違いとなることから診断や治療に有用であることは以前から分かっていましたが、約30億もの膨大な数の塩基対と呼ばれる単位で構成されているため、これまでなかなか解析が進んでいませんでした。近年の情報技術の発展を受けて、独立行政法人国立がん研究センターでは「体液中マイクロRNA測定技術基盤開発プロジェクト」において2018年度までの5年間にわたって胃・食道・肺・肝臓・胆道・膵臓・大腸・卵巣・前立腺・膀胱・乳・肉腫・神経膠腫の13種類のがんを1回の採血で発見できる次世代診断システムの開発が行われました2)。

いわゆるリキッド・バイオプシーについては以前のメディカルニュースでも取り上げていますが、マイクロRNAは血液や唾液、尿などの体液に含まれる22塩基程度の小さなRNA(リボ核酸)のことで、近年の研究でがん等の疾患にともなって患者の血液中でその種類や量が変動することが明らかになっています。さらに抗がん剤の感受性の変化や転移、がんの消失等の病態の変化にも鋭敏に相関するため、全く新しい優れた診断マーカーとして考えられており、いくつかのがんについては近いうちに上梓される見通しです。多くのがんを早期のうちから95%以上の感度で検出できるとされており、革新的な診断ツールとなり得るか期待が高まっています3)。

②画像診断支援

日本国内に設置されているCT・MRIの数は他の先進国と比較して突出して多く、その一方で放射線科専門医は少ない事から全国のCT・MRI 検査を全てレポートするためには現在より 2倍以上の放射線科専門医が必要であると言われていますが、画像診断系の医療機器はAIの深層学習(ディープラーニング)との親和性が高いとされています。既に2016年の時点で約5000件の診断付画像データを読み込ませれば支援目的では実用に耐えうる性能を発揮し、1000万件あれば人間の能力に匹敵する(あるいは超える)とされていて、実際に広島大学の評価実験ではAIを導入することでCTの診断時間を最大1/6に短縮、かつ類似症例検索の正解率を85%に引き上げることに成功し、実用の可能性を示しました4)。今後は健診で大量に発生するマンモグラフィや胸部X線画像においてもAIによる画像診断支援の実用化が見込まれています。

深層学習によるAI導入は放射線画像に限らず皮膚所見や病理所見、眼底、超音波画像など多くの分野で期待されていますが、内視鏡検査も例外ではありません。リアルタイム内視鏡診断AIがビルトインされた内視鏡が実用段階に入りつつあり、これを用いると内視鏡の検査中に病変部位を指摘することが可能になります。医師の負担軽減や見落とし率の低下に大きく寄与することが期待されています5)。

③診断・治療支援

診療の現場に立つ医師には常に最新の知見を把握しておくことが望まれますが、生命科学の論文が年に125万件以上も公表されている中で、日々診療以外の限られた時間で自身に関連するものだけでも読破するのは至難の業です。AIは膨大なデータを高速に、また人間と違って疲れを知らずに昼夜を問わず処理を続けることが可能で、加えて深層学習によってデータを蓄積するほど自律的に賢くなるため、時には専門医でも気づかない診断や治療方針を提示することも可能になります(メディカルニュース2017年11月号)。

内閣府が2018年に発表した「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」によると、代表的な疾患の地域間格差はがんで最大2.30倍、脳卒中で5.11倍、心臓病では10.89倍6)もあるとされていますが、診断・治療支援を行うAIが将来一般的に用いられるようになれば全国の医師が一様に臨床現場で質の高い最新医療にアクセス出来るようになり、医療水準自体の向上と同時に格差解消に寄与できると考えられています。

それでは、このような情報革命が医療の世界に広く行き渡った時、最終的に医師は不要になるのでしょうか。シンギュラリティが達成されて以降の人とAIの役割については想像の域を出ませんが、現段階では一部の業務をAIが完全に担うことはあってもAIはあくまで補助ツールであり、医師が必要とされることに変わりはないと考えられています。

AIは与えられた情報を大量に取り込み定量的に計算・分析し、病変を指摘したり有効な治療法を選択することは得意ですが、「正解が一つではない、はっきりした正解がない問題」を考えることがまだまだ苦手です。ある治療が病気に効果があるとわかっていても、患者さんによってこれまでの闘病に対する受け止め方や死生観は様々で、これ以上は自然に任せたいと希望されるかもしれません。医学的な「正解」であっても個人にとっては「最適解」ではないということが現実にはよくあります。AIでも複数の要素を組み合わせて判断することはできますが、本来取り入れるべき要素は人の数だけほぼ無限にあり、人の持つ「総合的に判断する能力」を超えることは容易ではないでしょう。また、生死の重いテーマを突き付けられた患者さんは心の支えや癒しを求めることが多いでしょうが、そうした「ホスピタリティ」もやはり知識と心を併せ持った医療スタッフによって初めて与えられるものではないかと思います。

情報技術の発展を取り込むことで診断や治療法の選択における労力が減れば、人によって正解が変わるような「より深い問題」に取り組むための余裕が、医療者にも患者側にも生まれるかもしれません。「AIやロボットが強い部分は任せて、人にしかできないことに専念する」そうした未来の医療スタイルが近い将来訪れる事を期待したいと思います。

参考文献

同友会メディカルニュース / 医療と健康(老友新聞)

同友会メディカルニュース

食事プラスワン

栄養士コラム

第36回
中性脂肪改善のためには・・・NEW
第35回
食物繊維
第34回
夏に気を付けたい食中毒
第33回
肝臓を守る習慣
第32回
乳製品とLDLコレステロール
第31回
中食や外食の活用【コンビニ・スーパー】
第30回
休肝日を作ろう
第29回
熱中症に要注意
第28回
間食を見直そう
第27回
食べ物の消化時間
第26回
食事のバランスを整えよう
第25回
体重を測ろう
第24回
免疫力を高める
第23回
朝食をとろう
第22回
1日の目標塩分摂取量
第21回
上手な鉄分の摂り方
第20回
カラダに良い油・悪い油
第19回
歯の定期健診も受けていますか?
第18回
食事バランス
第17回
運動でカロリーを減らすには
第16回
関節の痛みには・・・
第15回
骨を丈夫に!
第14回
ごはんを適量食べる!
第13回
野菜プラスキャンペーン開始!
第12回
「お豆腐」食べ過ぎ注意報!
第11回
表示をよく見て、飲もう!
第10回
おでんの選び方。
第9回
くだものも、適量を食べる!
第8回
牛乳はどのくらい飲んでいますか。
第7回
早食いも、食事バランスも改善!
第6回
夜遅い食事が気になる人へ
第5回
お酒が気になる人へ
第4回
菓子パンの食事を改善!
第3回
アブラ料理もおいしく食べる!
第2回
おつまみ選びの達人に!
第1回
めんの時もバランスよく!

小石川の健康散歩道

保健師コラム

第52回
暑い日の一杯、飲み方を工夫して健康に!NEW
第51回
疲れた時こそ注意!帯状疱疹から体を守るために
第50回
花粉症を乗り切るために
第49回
光と睡眠の関係 ~季節の変わり目こそ、光の整え方がカギ~
第48回
夏の疲れを秋に持ち越さない! ~いまから始めるリカバリー習慣~
第47回
「朝食の効果」~まずは1品から始めてみませんか~
第46回
ヘッドホン難聴(イヤホン難聴)を知っていますか?
第45回
なりたい自分の第一歩、考えてみませんか?
第44回
がん検診の受診はお済みでしょうか?
第43回
「座り過ぎ」に要注意!   ~毎日コツコツ、病気予防~
第42回
味噌汁は健康づくりの救世主?!~味噌汁の塩分量と栄養素どっちをとる?~
第41回
食べる・育てる・観る ガーデニングの良いところ
第40回
推しの力!
第39回
炭酸飲料?お茶?あなたは何を飲みますか?
第38回
気になる喉の乾燥の防ぎ方
第37回
香りやにおい、マスク着用の日々だからこそ、意識してみませんか。
第36回
こころを整える 〜リフレーミングをとりいれて〜
第35回
パンダと一緒に健康に!?
第34回
好きな香りはありますか?
第33回
快眠のための寝具について
第32回
マスクと肌トラブル
第31回
腸内環境を整えよう~腸活のススメ~
第30回
手洗い・消毒後は、保湿をセットで手荒れを予防
第29回
心を満たす食卓が鍵
第28回
『コロナ太り』を解消!要因を知って具体的な対策に
第27回
外出自粛期間を乗り切るコツ 運動編
第26回
飛行機内の湿度は砂漠よりも低い?!
第25回
「お料理」のススメ
第24回
階段利用で歩数UP・プチ筋トレ♪
第23回
釣って食べる!海釣りのオススメ~船酔い(乗り物)酔い対策編~
第22回
素敵な和菓子
第21回
『デンタルケアから始める健康管理』
第20回
『気にしていますか? 夜間熱中症』
第19回
本当の血圧はどれくらい? ‐意外と知らない血圧上昇の原因‐
第18回
五感を働かせ、楽しみながらの英語習得!認知症予防にも効果的!?
第17回
「素敵な靴は、素敵な場所に連れて行ってくれる」って本当?!
第16回
今、スポーツ観戦がアツイ!
第15回
釣って食べる!海釣りのオススメ ~運動編~
第14回
太鼓に感動!
第13回
運動前の糖質摂取―大事なのは種類とタイミング―
第12回
体質は遺伝する、習慣は伝染する。
第11回
新生活を迎える時ほど大切に!家族・身近な相手とのコミュニケーション
第10回
もっと気軽に健康相談♪
第9回
食材で季節を感じてみませんか?
第8回
夏の日差しを楽しむために
第7回
休日は緑を求めて…
第6回
お風呂好きは日本人だけ?
第5回
気分の高揚を求めて
第4回
みなさん、趣味はありますか?
第3回
休み明けの朝だってすっきりさわやか、そんな生活への...
第2回
忙しい日々こそ、1日をふりかえること。
第1回
少しの工夫で散歩が変わる!

お元気ですか

季刊誌 お元気ですか

2026年10月号
  • 私の健康法
    歌手 由紀さおりさん
  • 侮れない貧血~鉄欠乏性貧血を中心に~
    国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 血液内科 三ツ木 崇
  • 楽しく過ごす、会食対策
  • 腹囲引き締め筋力トレーニング その6
  • 健康を支える筋力づくり
  • 春日クリニックで受診する ハイグレードな検査のご案内

ページトップ