同友会メディカルニュース

2025年7月号
“肺がん検診が変わるかもしれません!”

2025年4月25日に国立がん研究センターがん対策研究所から“有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン2025年度版”が公開されました1)。ガイドラインの改訂は2006年度版以来です。今回は肺がん検診とそのガイドラインの解説です。

肺がんは、日本で最も死亡者数の多いがんです。毎年診断される肺がんの⼈⼝10万⼈あたりの罹患率は、2020年で、95.7例(男性132.2例、女性61.2例)2)でした。人口10万人あたりの2023年の死亡率は、62.5例(男性89.8例、女性36.7例)3)でした。胃がんに対するピロリ菌の除菌、大腸がんに対する大腸腺腫の切除、肝臓がんに対するB型・C型肝炎の治療、子宮頚がんに対するワクチンなどでがんの発症を大幅に減らすことができます。肺がんは禁煙以外有効な発がんを抑制する方法がありません。肺がんの早期発見のために検診は非常に重要です。
がん検診には対策型と任意型の検診があります。ガイドラインでは、検診による受診者の利益・不利益とその根拠となる科学的証拠の信頼性を検討して、肺がん検診として“推奨する”あるいは“実施しないことを推奨する”検査を、対策型と任意型に分けて決めています。
対策型検診は、当該がんの死亡率の低下を目的に公共政策として市区町村が公的資金を提供し、無料あるいは少額の自己負担で行われます(住民検診型)。今回の“有効性に基づく肺がん検診ガイドライン”に基づいて今後市区町村が検診方法を選択します。検査の特異度が高いこと4)と不利益を最小化することが重要視されるため、必ずしも最も感度の高い検診5)方法が選択されるわけではありません。感度の良い検査(今回の肺がん検診では胸部CT検査)で小さな病変を見つけることが目的ではなく、病気が少し進行した状態でしか発見できない検査(肺がん検診では胸部レントゲン(X線)検査)でも、検査で病変が指摘されればがんである可能性が高く、受診者の不利益が少なく、その検査によるがん発見で死亡率減少効果が科学的に証明されている検査が選択されます。
これに対して任意型検診は対策型がん検診以外のもので、自己負担あるいは企業、健保組合などが補助を行って実施し、検診方法は個人あるいは検診実施機関が選択します(人間ドック型)。死亡率減少効果が明確でなくても、最も感度の高い検査5)(より小さな病変でがんの可能性のある病変を指摘できる検査、言い換えればより早期に癌を発見できる検査)を選択する傾向があります。

がん検診の利益は、検診により肺がんを発見し死亡率を減少させること。不利益は、肺がんの検出について特異度が低く感度の高い検査を行うとがんではない小さな病変も指摘され、がんの可能性疑いで不必要な検査を行うことになる(偽陽性、過剰診断)可能性や放射線の被曝量が増える、“がんかもしれない”という精神的な不安を与えることなどです。
また今回のガイドラインでは、死亡率減少効果に注目して世界中の様々な研究を検討し、研究の証拠の信頼性を評価しています。科学的な信頼できる研究が少なく、今のところ正確な判断ができないことも考慮されています。これらのことを考慮して推奨グレードが定義されています。今回推奨グレードはA、C、I、Dと分類されました。あくまでの現時点での判断となることには注意が必要です。(表1)

(表1) 推奨グレードの定義
推奨グレード 評価 対策型検診 任意型検診
 A 利益はあり、不利益は中等度以下と判断 推奨 推奨
C 利益はあるが不利益が大、または利益はあるが証拠の信頼性は低く不利益ありと判断。 実施しないことを推奨 利益と不利益に関する適切な情報を提供し、個人の判断に委ねる
I 利益は不明だが不利益ありと判断 実施しないことを推奨 利益と不利益に関する適切な情報を提供し、個人の判断に委ねる
D 利益はなく不利益ありと判断 実施しないことを推奨 実施しないことを推奨

有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン2025年版 国立がん研究センター がん対策研究所より改

ここで肺がん検診についてより理解し、どのような検診を受けるかを考える時に参考となるような予備知識について解説です。

肺がんについて

肺がんにはいくつかの種類があります。肺がんの種類と頻度は、肺腺がん(50%以上、増加傾向)、扁平上皮癌(25-30%、減少傾向)、大細胞癌(数%、少ない)、小細胞癌(10-15%、減少傾向)です。この4種類が肺がんのほとんどです。抗がん剤や放射線療法の反応性が異なるので、小細胞癌と非小細胞癌という分け方もします。小細胞癌はがんの増殖進行速度が非常に早く、他臓器への遠隔転移の頻度も多く予後の悪いがんです。抗がん剤や放射線療法の感受性が高いのですが、再発も多いがんです。腺がん以外は進行が早いとされています。喫煙と関連が強いのは小細胞癌と扁平上皮癌です。扁平上皮癌は、血痰や咳など症状が現れやすく、腺がんは症状が現れにくいとされています。
がんの進行度は世界的にTNM分類という分類によります。T分類はがんの大きさ、N分類はリンパ節転移の程度、M分類は他臓器への転移で、それぞれの組み合わせでがんの病期(ステージ)を決めています。
リンパ節転移や遠隔転移(肺以外の臓器への転移)がない肺がんの大きさによる病期分類と病期別5年生存率のデータを追加しておきます(5年生存率はT分類だけではなくリンパ節転移のあるものも含めた病期別の生存率であることにご注意ください。)。腫瘍径が大きくなると病期も進みます。病期が進むと5年生存率は低下します。肺がんは、腺がん以外は3cm以上になると5年生存率は71.5%以下になる可能性があるということになります。(表2)

(表2) T分類別5年生存率
病期 T分類 T分類説明 病変の大きさの条件*1 5年生存率(%)*2
0期 Tis 上皮内がん 97
ⅠA期 ⅠA 1期 T1mi 腺がんで最大充実成分径 ≦ 0.5cm かつ
病変全体径 ≦ 3cm
91.6
T1a 最大充実成分径 ≦ 1cmかつTis・T1miに相当しない
ⅠA 2期 T1b 最大充実成分径 > 1cm かつ ≦2cm 81.4
ⅠA 3期 T1c 最大充実成分径 > 2cm かつ ≦3cm 74.8
ⅠB期 T2a 最大充実成分径 > 3cm かつ ≦4cm 71.5
ⅡA期 T2b 最大充実成分径 > 4cm かつ ≦5cm 60.2
ⅡB期 T3 最大充実成分径 > 5cm かつ ≦7cm 58.1
ⅢA期 T4 最大充実成分径 > 7cm 50.6

*1)T2、T3、 T4には周囲組織への浸潤などの特徴を有するものの条件もあり
*2)リンパ節転移のあるものを含めた病期別5年生存率、2010年全国肺がん登録のデータ

胸部X線検査と胸部CTの肺がん診断

胸部X線検査で指摘できる肺がんは、2-3cm以上が必要です。1cm以下の肺がんを胸部X線検査で指摘することは困難、ほぼ不可能です。一方胸部CTでは5mm以下の病変でも指摘が可能ですが、肺がんでない小病変でも肺がん疑いとして指摘してしまう過剰診断の可能性が大きくなります。

放射線検査の被曝について

肺がん検診で行われる胸部X線検査と胸部CT検査は、放射線を利用した検査で放射線被曝を伴います。体型や検査部位により多少被ばく量に差がありますが、胸部X線検査で0.06mSv(シーベルト6))です。日常生活でも自然界から放射線被曝を受けていて、日本では年間2.1mSv(世界平均は年間2.4mSv)です。日本からニューヨークに飛行機に乗ると片道0.1mSvの被曝があるそうです。胸部X線検査の被曝は非常に小さいと評価できます。一方通常の胸部CT検査では、機種により大きく異なりますが、通常5-30mSvと言われています。低線量CT検査では、被曝線量を低下させるため画質が低下して診断精度は低下します。画像処理のプログラムの工夫でできるだけ診断精度を低下させないで、被曝線量をできるだけ低下させています。現状の肺がん検診として低線量化した胸部低線量CTの被曝量は1mSv以下(0.4〜0.8mSv)です。すぐに健康被害のある被曝線量ではありませんが、X線と比較すると被曝量は多いです。検診として定期的に検査することを考慮すると対策型検診としては不利益として考慮する必要があります。その⼀⽅で放射線による発癌は 1000mSv の被曝で⽣涯 5%の発がんリスクとされていて、100mSv 以下では被曝線量とがん死亡とのリスクの関連は確認されていません。通常線量の CT 検査は肺野だけでなく縦隔においても病変を指摘する感度を⾼める⽬的で実施されます。

今回肺がん検診として4つの検査がガイドラインとして提言されています。

  • ① 重喫煙者に対する低線量CT検査、
  • ② 重喫煙者以外に対する低線量CT検査、
  • ③ 胸部X線検査
  • ④ 重喫煙者に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用法

表3は今回のガイドラインのまとめです。

(表3) 有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン2025年版のまとめ
検診手法 推奨 評価 対策型検診 任意型検診
重喫煙者*1に対する低線量CT検査 A 重喫煙者に対する低線量CT検査は、死亡率減少効果を示す根拠があり、その信頼性は中等度以上。不利益は過剰診断、放射線被曝などで中等度。利益と不利益の対比から実施を推奨。
対象年齢は50-74歳、検診期間は1年に1回が望ましい。
実施を勧める 実施を勧める
重喫煙者*1以外に対する低線量CT検査 I 現時点で、重喫煙者以外に対する低線量CT検査の死亡率減少効果を示す科学的根拠がない。国内で科学的検証が進行中であるが、現時点では利益の有無は不明。重喫煙者と同等あるいはそれ以上の不利益があると考えられ、不利益が利益を上回る可能性が高い。 実施しないことを勧める 利益と不利益に関する適切な情報を提供し、個人の判断に委ねる
胸部X線検査 A 追跡期間5-7年の評価では肺がん死亡率減少効果が示唆され推奨する。
対象年齢は40-79歳、検診期間は1年に1回が望ましい。
実施を勧める 実施を勧める
重喫煙者*1に対する胸部X線検査と喀痰細胞診 併用法 D 重喫煙者において胸部X線検査に喀痰細胞診を併用した上乗せ効果は明確でない。喀痰細胞診の標的となる扁平上皮がんは減少している。併用による効果は非常に小さい。侵襲性の高い精密検査の気管支鏡検査が増加する。 実施しないことを勧める 実施しないことを勧める

*1重喫煙者の定義:喫煙指数(1日平均喫煙本数 X 年数)が600以上の者 禁煙から15年以内の禁煙者を含む。
加熱式たばこについては、カートリッジの本数を喫煙本数として計算
:変更点

 有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン2025年版 国立がん研究センター がん対策研究所より改

① 重喫煙者に対する低線量CT検査

今回初めて重喫煙者に対する低線量CTが対策型、任意型検診で推奨されました。今後対策型の住民検診でどのように導入されていくのか注目しています。喫煙と関連が強い肺がんである⼩細胞癌、扁平上⽪癌について、リスクの高いと考えられる重喫煙者を対象に、胸部X線検査より小さな病変の指摘が可能で、できるだけ被曝線量を抑えた低線量CTが推奨されたことで、進行の早い小細胞癌、扁平上皮癌の肺がん死亡率の低下が期待されます。対象年齢は50-74歳、年1回の検診が望ましいとなっています。

② 重喫煙者以外に対する低線量CT検査

重喫煙者以外については、これまで通り対策型検診としては推奨されず、任意型検診としては被曝等のリスクについて説明の上実施可能とされています。現在日本で重喫煙者以外に対する低線量CTの死亡率低下について検証が行われていますが、まだその結果が不明なため、不利益が高いとして対策型検診としては推奨されませんでした。喫煙と関連が低く、肺がんの中で多くを占める腺がんの早期発見について、検診の低線量CT検査へ期待がありますが、ガイドラインとしては今後の科学的な研究の結果を待つことになりました。

③ 胸部X線検査

これまで通り肺がん検診として中心的な検査として、重喫煙者・非重喫煙者に関わらず推奨されています。ただし胸部X線で指摘できる肺がんは2-3cm以上が必要ですので、進行の早い、喫煙と関連の高い小細胞癌、扁平上皮癌については、低線量CT検査受診がより効果的と考えます。対象年齢は40-79歳、年1回の検診が望ましいとなっています。

④ 重喫煙者に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用

これまで推奨されてきた重喫煙者に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用は、喀痰細胞診による肺門部扁平上皮癌の発見が主目的でしたが、喫煙指数1000以上の重喫煙者が日本の喫煙率の低下により激減して、肺⾨部扁平上⽪癌は減少、喀痰細胞診を追加して追加発見される肺がんは全国で20-30人/年程度で、効果が非常に小さく、偽陽性になることで気管支内視鏡など侵襲検査が行われる不利益を考慮して、対策型・任意型検診共に“実施しないことを推奨する”となりました。

今後の肺がん検診の方法に大きく影響する19年ぶりに改定された“有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン”について、その理解に重要と考える事項とともに解説しました。肺がん検診は、喫煙の有無に関わらず非常に重要です。肺がん検診を考える上で少しでも参考になれば幸いです。最後に胸部CT(低線量CTも)は、通常1回15秒ほどの息⽌めを2回⾏って検査します。5分ほどの検査で、痛み・苦痛などはありません。

参考文献・注釈

  • 有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン2025年版 国立がん研究センター がん対策研究所
  • 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(厚生労働省人口動態統計)、2020年全国がん罹患データより
  • 人口動態統計(厚生労働省大臣官房統計情報部)、2023年人口動態統計死亡データより
  • その病気でなければ、病変が指摘されない確率が高い検査
  • その病気であれば、病変が指摘される確率が高い検査
  • Sv(シーベルト)は、人が放射線を受けた時にどの程度影響を受けるかの単位です。ベクレル(Bq)は放射線の放出量を表す単位、グレイ(Gy)は放射線が物体に吸収されるエネルギー量、シーボルト(Sv)は人体が放射線を受けた時の影響を表す放射線線量です。

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