同友会メディカルニュース

2017年8月号
サルコペニアご存知ですか?

皆さんは“サルコペニア”という言葉をご存知ですか?サルコペニアは加齢や疾患により筋肉量が減少して、筋力の低下、身体機能の低下をきたすことを意味する言葉です。この言葉は、1989年にIrwin Rosenbergによりアメリカの学術雑誌(The American Journal of Clinical Nutrition)で初めて提唱された言葉で、ギリシャ語で筋肉を意味する“sarx”と喪失を意味する“penia”を合わせて“Sarcopenia”(サルコペニア:加齢性筋肉減弱現象)としました。

体を構成するたんぱく質のうち骨格筋のたんぱく質の半分が入れ替わる時間(半減期)は、約180日です。年齢とともに体で合成できるたんぱく質の量は低下します。ヒトはたんぱく質合成のため体で合成できないアミノ酸(必須アミノ酸)を定期的に摂取する必要があります。また骨格筋は使用されないとエネルギー源として急速に分解され、減少していきます。特に明らかな原因がなくても加齢とともに筋肉量は低下する傾向にあります。筋肉量の減少は個人差がありますが40歳前後から見られ始めると言われています。

サルコペニアは、認知症や骨粗鬆症と同じように高齢者でよく見られます。サルコペニアの60〜70歳の有病率は、5〜13%と報告されています。サルコペニアの筋力、身体能力の低下による健康、人生に対する影響は非常に大きく、運動障害、転倒などのリスクの増加、日常生活の活動性の低下、生活の質の低下、身体障害、自立性の喪失、最終的には死亡率の増加に繋がります。

老年医学の分野ではサルコペニアの重要性については以前より認識されていましたが、その診断・定義が統一されていませんでした。そこでヨーロッパの専門家(EWGSOP:European Working Group on Sarcopenia in Older People)たちが集まって実際的な臨床定義と診断基準(図1)が、2010年に発表されました1)。欧米人とアジア人では骨格が異なるため、欧米人を基準に提示されたサルコペニアの診断基準をそのまま適応することが適切ではないと考えられ、2014年アジアの専門家によるAWGS(ASIAN working Group FOR SARCOPENIA)により日本人の体格に対応できるアジア人特有の診断基準(図2)が発表されました。

図1 EWGSOPによる診断基準

EWGSOPによる診断基準

公益財団法人長寿科学振興財団ウェブサイトより
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/sarcopenia/index.html

図2 AWGSによる診断基準

AWGSによる診断基準

公益財団法人長寿科学振興財団ウェブサイトより
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/sarcopenia/index.html

我が国においては、2025年問題(約800万人と言われる団塊の世代(1947〜1949年生まれ)の方々が後期高齢者となり介護、医療費の問題、団塊ジュニアの親の介護など超高齢化社会によって起こる様々な問題)の対策の一つとして、健康寿命(日常的に介護を必要とせず自立した生活ができる生存期間)を伸ばすことが重要で、その一つとして認知症対策とともにサルコペニアの対策が注目されています。

サルコペニアは、加齢以外には原因のない一次性サルコペニアと活動の低下(寝たきり、引きこもりなど)、疾患(重要臓器不全、がんなど悪性疾患、感染など消耗性疾患、内分泌性疾患など)、栄養不足(様々な原因による食欲不振・経口摂取不良、吸収障害、ダイエットなど)による二次性サルコペニアに分けられます。

サルコペニアの診断(AWGSによる)は、歩行速度、握力、筋肉量測定で行われます。まずは歩行速度。0.8m/秒以上で歩行できるか?横断歩道の歩行者用青信号(点滅は除く)は、1.0m/秒の歩行を基準に決められているそうです。横断歩道の歩行者用青信号が点滅する間に渡りきれない時は要注意です。

次は握力です。握力の基準は男性26kg未満、女性18kg未満。測定は握力計で行いますが、大抵の医療機関や健診施設にはあると思います。かかりつけの医療機関で声をかければ測定させてもらえる場合も多いと思います。また2000円以下で購入が可能です。

そして筋肉量です。筋肉量は四肢筋肉量(Kg)を身長(m)の二乗で除した値(骨格筋量指標SMI:Skeletal Muscle Index)を指標として用いています。四肢筋肉量の測定は研究の上では、CTやMRIを用いて行われますが、日常診療上用いられません。二重エネルギーX線吸収測定法(DXA)と生体電気インピーダンス分析(BIA)により骨格筋量の測定が行われます。DXA法は骨粗鬆症の診断に用いられるのと同様の原理で、微量の放射線を使用するのでやや大掛かりな装置が必要です。BIA法は市販の体脂肪計と同じ原理で測定されます。簡便かつ安全に計測が可能です。現在は各社から市販の体重計に体組成計の機能が付いていて四肢筋肉量の測定が出来るようになっていますが、各社独自の基準で筋肉量が多い、少ないなどの判定なので、そのまま骨格筋肉量としてサルコペニアの診断基準に当てはめることはできません。市販の体組成計で自分の筋肉量が少ないかどうか、継時的な筋肉量の増減を知るには有用と考えます。またより簡単にサルコペニアの診断を行うために様々な研究からSMIの推定式も提案されています。

  • 男性:SMI(kg/m2)=0.326×BMI-0.047×腹囲(cm)-0.011×年齢(歳)+5.135
  • 女性:SMI(kg/m2)=0.156×BMI-0.044×握力(kg)-0.010×腹囲(cm)+2.747

これはBMI(Body Mass Index:体重(kg)/身長(m)2)と腹囲、握力、年齢からの推定式です2)

SMIは下腿周囲長とBMIに相関することが報告され、日本人の高齢者に合わせ、より簡易的に診断できる診断基準案(図3)も国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究から提案されています。

図3 日本人向け簡易診断基準案
(国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究より)

日本人向け簡易診断基準案

公益財団法人長寿科学振興財団ウェブサイトより
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/sarcopenia/index.html

サルコペニアの対策は、もちろん運動と食事です。二次性サルコペニアは元々の原因の対策がまず必要ですが、いったんサルコペニアの状態になってしまうとその改善は大変です。サルコペニアはならないように予防することがより重要です。

運動は、下肢及び体幹の運動が有効とされています。その運動はレジスタンス運動(筋肉に体重やダンベルなどの重り、機械による抵抗を加えて行う反復運動)と低強度の有酸素運動を行うことが有効とされています。運動としてウォーキングのみを行うのではなくレジスタンス運動を取り入れ、体幹を意識してトレーニングすることが有用です。

食事は、骨格筋を維持するためには、良質なたんぱく質の摂取が重要で、高齢者では1日75-90gのたんぱく質の摂取が必要と言われています。肉、魚などの動物性たんぱく質と大豆類の植物性タンパクなどをバランスよく摂取することが重要です。腎機能が低下している方はたんぱく質の摂取に注意する必要がありますのでかかりつけ医にご相談ください。

サルコペニアが人の健康的な生涯に大きな障害であることが認知され、近年ようやくサルコペニアの統一された診断基準が提示され、これから様々な研究が本格的に始まろうとしている状況です。まずはご自身のそしてご家族のサルコペニアの有無の確認をしてみてはいかがでしょう。一緒に歩いて横断歩道を渡るとか手を握った時の力強さとか日常の中でもサルコペニア傾向に気づくことができるかもしれません。そして運動習慣を取り入れてはいかがでしょうか。

参考文献:

  • Cruz- Jentoft AJ, Baeyens JP, Bauer JM, et al. Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis:Re- port of the European Working Group on Sarcopenia in Older People. Age Ageing 39:412-23,2010.
  • 真田樹義,宮地元彦、山元健太、他、日本人成人男女を対象としたサルコペニア簡易評価法の開発, 体力科学 Vol.59(2010),3, 291-302.

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