同友会メディカルニュース

2025年11月号
高齢者と慢性腎臓病(CKD)患者における降圧目標の注意点

はじめに

本邦において、高血圧患者は推計4000万人以上です。今年の夏、高血圧学会は高血圧管理・治療ガイドラインを改訂しました。今回の改定後、マスメディアでその内容が取り上げられました。今回の改定内容で一番インパクトがあった項目は、簡潔にいうと「高齢者においても、脳心血管疾患予防の観点から、降圧管理の目標値が引き下げられた」ことです。結果、「年齢問わず、降圧管理目標は、診察室において、収縮期血圧(上の血圧)が130mmHg未満、拡張期血圧(下の血圧)80mmHg未満」となっています。当会のメディカルニュースは、日頃より健康診断を受けて頂いている方や、健康意識の高い方にお読みいただいていると認識しています。一部の読者の方々の中には、上述の内容に対し、違和感や何か気づかれた方がいるのでは?と思っています。そうです、実は、大きな落とし穴があります。わざわざ「簡潔にいうと」と前置きしました。ガイドラインをしっかり確認したり、今回のガイドライン改定特集番組をしっかり視聴すると、上記目標は、「例外を除き」や「一部の疾患を除き」や「忍容性のある患者さんにおいては」等、注釈や注意コメントを伴っており、条件付きです。

筆者は腎・高血圧内科外来を日常診療で担当しております。慢性腎臓病(以下、CKD)や難治性(コントロール不良、言い換えると血圧をなかなか下げられない)高血圧患者さんを治療しています。今回の高血圧ガイドライン改定後、メディアでの情報を得た患者さんより「先生、血圧は130くらいまで下げないとだめですか、血圧の薬(降圧剤)増やした方がいいですか?」の様な質問を受けるようになりました。一部の患者さんが混乱していると考え、高齢者とCKD患者における降圧目標について、今回は解説というよりメッセージに近い記事にしました。

高齢者における降圧目標

まず、高齢者の定義です。日本老年医学会では、75歳以上の方を高齢者と定義しています。高齢者になりますと動脈硬化が進行し(血管の壁が固くなり)、血圧を上げなければ、なかなか全身の臓器に血液が届きません。特に、首から頭の血管(頚動脈や椎骨動脈といわれる箇所)の動脈硬化が強い患者さんにおいて、降圧剤により血圧を下げすぎてしまうと、脳への血流が低下し、ふらつき等の症状が出やすくなります。ふらついて、頭から転倒したら一大事です。高齢者は筋力等も低下しており、より注意が必要です。個々の患者さんにおける、動脈硬化の有無、ふらつき等の症状の出やすさに応じ、血圧管理を行うべきであり、高齢者においても全例、降圧目標値が、収縮期血圧が130mmHg未満、拡張期血圧80mmHg未満というわけではありません。

高齢者における降圧目標

CKD患者における降圧目標

日本腎臓学会は、昨年にCKD診療ガイドを発刊しています。
まず、75歳未満のCKD患者における降圧目標は、尿蛋白と糖尿病の合併有無により、異なります。蛋白尿が出ていない、あるいは、進行すると蛋白尿が出る病態である糖尿病を合併していないCKD患者ですと、降圧目標は収縮期血圧が140mmHg未満、拡張期血圧90mmHg未満となっています。一方、蛋白尿が出ている、あるいは糖尿病を合併しているCKD患者ですと、降圧目標は収縮期血圧が130mmHg未満、拡張期血圧80mmHg未満となっています。

CKD患者は、簡単にいうと、腎臓に障害がある状態であり、腎臓全体に血流が流れにくくなっています。専門用語では腎虚血とも言います。そのため、血圧を下げすぎますと腎虚血が強くなり、CKDの進行(病態の悪化)につながるため、厳密な降圧管理は推奨されていないため上記の目標値となります。逆に、蛋白尿が出ている患者さんの降圧管理が厳しくなるかといいますと、CKDの進行は最も蛋白尿に依存しています(蛋白尿が顕著であるほど腎臓の組織が壊れる、障害が進みます)。また、血圧が高い程腎臓から蛋白尿が出やすくなるため(腎臓から蛋白が漏れる)です。腎虚血の病態が存在していても、尿蛋白を抑えることが優先されるからです。

次に、75歳以上の高齢者CKD患者は、収縮期血圧が150mmHg未満、拡張期血圧90mmHg未満の目標値です。忍容性がある(ふらつき等の症状がない)場合は、収縮期血圧が140mmHg未満、拡張期血圧90mmHg未満の目標値となっています。75歳以上のCKD患者は、腎虚血の要素が、年齢による動脈硬化の要素も加わり、強くなると考えられており、降圧管理が緩く設定されています。

CKD患者における降圧目標

学会のガイドラインごとに降圧目標は異なる

気づいた方もおられるかもしれません。今回の高血圧学会の高血圧管理・治療ガイドラインにおける降圧目標は、対象患者が脳心血管疾患の発症や再発を防ぐ、あるいは発症後の生命予後延伸の為に、どのくらいの降圧目標が良いかという観点の研究を参考にして作られています。一方、腎臓学会が作成したCKD診療ガイドは、腎臓学会ですから、いかに腎臓を保護(守る、腎機能を保つ)ためにはどのくらいの降圧目標が良いかという観点の研究を参考にして作られています。

それぞれの学会により、重要(目標、標的)にしている項目が異なります。そのため、降圧目標がそれぞれのガイドラインにより異なるのです。

最後に

ガイドライン(guideline)とは、訳すと、「指針、指標」です。もちろん、今回のガイドラインの中には、高齢者や慢性CKD患者における注意点等しっかり記載されています。テレビ等の報道においても、最初から最後まで視聴しますと、例外や注意点も言及されています。しかしながら、インパクトのある情報だけが、視聴者に伝わってしまうことも少なくないと思います。日常診療においては、患者さんそれぞれの抱えている疾患や、病状に応じて、治療を行います。今回は降圧剤の種類までは伝えられませんでしたが、年齢、抱えている合併症、腎機能等により、処方する降圧剤の種類を変えたり、複数の種類を処方する等、我々は日々工夫しています。ガイドラインを参考にはしますが、ガイドライン通りに治療を行うことは、もちろん前提ではありません。

一般読者においては、本当に正しい情報・知識なのか、条件付きの情報ではないか等、立ち止まって考えたり、確認して頂きたいのです。疑問等ありましたら、かかりつけ医や主治医等に遠慮なく質問して頂きたいと切に願っております。

参考文献

  1. CKD診療ガイド2024 日本腎臓学会
  2. 高血圧管理・治療ガイドライン2025 日本高血圧学会

同友会メディカルニュース / 医療と健康(老友新聞)

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