同友会メディカルニュース

2025年12月号
膵がんの最近の動向と人間ドックの果たす役割

はじめに

今年発表された「がん情報サービス」の臓器別がん死亡数で、膵がんが男女総合で第3位になりました(図1)。臓器別がんの罹患数と死亡数の年次推移をみると膵がんは増加の一途をたどっていることがわかります(図2)。がんの治療成績の指標として5年相対生存率(がんと診断されてから5年後に生存している患者さんの割合)という指標がありますが、死亡数5位までの臓器で比較すると肺がん34.9%・大腸がん71.4%・胃がん66.6%・肝がん35.8%ですが、膵がんでは8.5%と極めて治療成績が悪いことがわかります。

膵がんに関しては当会で発行している「お元気ですか」の2025年7月号でも順天堂大学医学部附属練馬病院総合外科の須郷広之教授にもご執筆いただいておりますが、今回は増加傾向にある膵がんの特徴と最近の動向、悪性度の高い膵がんへの対策についてお話しいたします。

図1:臓器別がん死亡数の年次推移
図2:臓器別がん罹患数の年次推移

膵臓の解剖とはたらき

膵臓は胃の背中側寄りにある長さ15cm・厚さ2cmほどの細長く薄い形の臓器です(図3)。蛋白質や脂質や糖質などを分解する膵液という消化液を分泌しており、膵臓内を走行する膵管に集められて十二指腸へ排出され消化作用(外分泌機能)を担っています(図4)。他にも糖代謝に重要なインスリンなどのホルモンを分泌(内分泌機能)しており、この2つが膵臓の主な機能です。

図3:膵臓の位置
図4:膵臓の解剖図

がんという病気

腫瘍(できもの)には良性と悪性があり良性の腫瘍は一定の大きさにとどまりますが、際限なく増殖するのが悪性腫瘍すなわち「がん」で、発生した臓器や周囲の臓器に影響を及ぼす(浸潤)だけでなく様々な臓器に移って増殖(転移)する性質を持ち、それぞれの臓器の機能に不可逆的なダメージを与え死に至らしめる恐ろしい疾患です。近年、多くの臓器でがんの予防や治療の進歩があり5年相対生存率の改善がみられていますが、膵臓に関しては著しく低い状態が続いています。

膵がんの特徴

がんの主要な治療法としては手術と放射線治療と化学療法があります。膵がんの治療法は手術が基本ですが、発見時に手術が可能である割合は3割程度とかなり低率です。手術不能な状態で発見される理由としては

  1. 膵がんがリンパ管や血管に浸潤しやすく、リンパ節や他の臓器に転移しやすい性質がある
  2. 膵臓は後腹膜にあり背側は漿膜という膜に包まれていないため、容易にがん露出し膵臓周囲の神経や重要な血管、周囲の組織に膵がんが広がりやすい

といわれています。一方、1cm以下で発見された膵がんの治療成績は5年相対生存率が80%以上と治療成績が良好なことが知られており、この大きさで発見できるか否かが治療成績向上のためのカギとなります。

膵がんの診断法

では、現状ではどのような診断方法があるのでしょうか。
膵がんの症状としては腹痛・黄疸・体重減少・背部痛等がありますが、2cm以下の膵がんで症状を有する患者さんは25%程度で、自覚症状に乏しいがんであることがわかります。

血液検査では膵臓が産生する消化酵素のアミラーゼ(でんぷんを分解)やリパーゼ(脂質を分解)やエラスターゼ1(蛋白質を分解)が膵がんによる組織破壊が生じた際に血中に増加しますが、膵がんでの異常率は20%程度にとどまります。腫瘍マーカーはがん細胞が産生する物質で、膵がんではCA19-9・DUPAN-2・Span-1があります。表1にそれぞれの腫瘍マーカーの膵がんでの陽性率を示していますが、2cm以下の膵がんでは陽性率は高くはありません。腫瘍マーカーは良性疾患や健常者でも増加することがあり、検査結果の解釈に注意が必要です

表1膵がんの腫瘍マーカー陽性率(%)
膵がん全体 2cm以下の膵がん
CA19-9 70~80 53.2
DUPAN-2 50~60 37.2
Span-1 70~80 50.7

腹部超音波検査は体表から腹部臓器を観察する検査で、膵臓の画像検査の中では最も簡便でスクリーニングとして重要な役割を担っています。注意すべき点としては内臓脂肪や消化管のガスが多いと死角が生じ、膵臓の一部しか見えないことがあります。

放射線を利用するCT検査では血管内に造影剤を点滴して行う造影CT検査が膵がんの診断に有用です。欠点としては造影剤によるアレルギー反応・腎臓への負担等があります。

MRI検査は磁力を利用した検査で拡散強調像(腫瘍の描出に優れている)・経口造影剤を使用したMRCP(CT検査では描出が難しい膵管の情報を得るもので、嚢胞性腫瘍の検出にも優れている)を加えることで膵がんの診断精度が高くなります。放射線被曝がないという利点はありますが、磁力を利用するため体内に金属があるとその種類によっては検査が受けられない場合があるのが欠点です。

超音波内視鏡検査(以下EUS)は先端に超音波装置がついた直径の太い内視鏡を経口的に挿入し、胃や十二指腸から膵臓に近接して超音波で観察する検査法で膵がんの診断に非常に有用ですが、専門的な技術を要する検査のため他の検査で異常がみられた際の精密検査として行われます。

近年、1cm以下の膵がんや画像上で腫瘤がみられないような早期の膵がんにおいてエコーやCT等で膵臓の限局性萎縮や軽度の膵管拡張などの所見がみられることが報告されています。この所見のみで膵がんと診断することは困難ですが、所見がある場合にMRCPやEUSなどによる精密検査を進めて行くことで膵がんの早期発見の契機となる可能性があります。

新たなバイオマーカーの可能性

膵がんの腫瘍マーカーは早期の膵がんでは陽性率が高くないことから新たなバイオマーカーの開発が求められています。その一つが2024年4月より保険適用で臨床使用が可能となった「APOA2アイソフォーム」です。StageⅠの早期膵がんでの陽性率は47.7%でCA19-9の36.8%を上回っており、今後の評価が期待されています。

膵がんの危険因子と自治体の取り組み

がんの危険因子を同定することで治療成績が改善する場合もあります。胃がんではピロリ菌感染が危険因子であることが判明し、除菌治療によって図1の如く胃がんの死亡数は減少傾向に転じました。 膵がんの危険因子(表2)としては膵がんの家族歴や糖尿病の発症、膵疾患の既往と膵臓画像診断での異常所見などがあり、特に糖尿病は発症1年未満や急に糖尿病が悪化した場合にリスクが高いことが知られています。

表2膵がんの危険因子
因子 項目 リスクレベル
家族歴 散発性膵がん 第1度近親者の膵がん症例1人:1.5~1.7倍
家族性膵がん家系 第1度近親者の膵がん症例1人:3.5倍、2人:5.4倍、3人以上:10.8倍
遺伝性 遺伝性膵がん症候群 ポイツジェガース:11~29%、遺伝性膵炎:23~44%、遺伝性乳がん卵巣がん:14~16%(発生率)など
嗜好 喫煙 1.7~1.8倍
飲酒 1.2~1.3倍
生活習慣病 糖尿病 2.0倍(発症1年未満:6.7倍、10年以上:1.4倍)
肥満 1.3~1.4倍
膵疾患・膵画像所見 慢性膵炎 11.8~22.6倍
膵管内乳頭粘液性腫瘍 分枝型で由来浸潤がんが年率0.2~3.0%、併存膵がんが年率0~1.1%
膵嚢胞 3.0~22.5倍
膵管拡張 6.4倍(主膵管径:≧2.5mm)
その他 胆石・胆嚢摘出術 胆石:1.7倍、胆嚢摘出術:1.3倍
血液型 O型以外はO型の1.2~1.9倍
感染症 ピロリ菌:1.3倍、B型肝炎:1.4倍、C型肝炎:1.5倍

近年このような危険因子を有する方に対し、膵がんに特化した検査を行う試みが様々な自治体で展開されています。代表的なものが2007年より開始された「尾道プロジェクト」という方式です。膵がんの危険因子を中核病院から地域や診療所に向けて啓発し、診療所の医師の判断で膵がんに関する血液検査や腹部超音波検査を実施し、必要に応じて患者さんを中核病院に紹介してMRCPやEUSなどの精密検査を行うという方式で、尾道地区では膵がんの5年生存率が経時的に15~20%(日本全体では8.5%)まで改善がみられ、悪性度が極めて高い膵がんでも様々な対策を行うことによって治療成績が改善する可能性が示されました。

人間ドックにおける膵がん早期発見の役割

現在がん検診の対象は「対象となる疾患が多く、科学的に死亡率を下げる効果が認められた検査が存在する」疾患であることが条件です。膵がんは今や日本では死亡数は第3位ですが、科学的に死亡率を下げる効果が証明されている検査法がないため、膵がんに対する検診は行われていません。

最近出版された2025年版の「膵癌診療ガイドライン」では人間ドックの果たす役割に関して「膵がんの早期発見に特化した詳細な検査コースを作成し、リスクファクターを丁寧に拾い上げて丹念に経過を追っていく取り組み方が重要である」としています。

これまでの人間ドックや法定がん検診では年に1回もしくは2年に1回などの検査間隔が一般的でしたが、膵がんの早期診断のためには「有用と考えられる検査を複合的かつ頻回に行い早期発見に努める」ということが必要と考えられます。

参考文献

  1. 膵臓病診療ガイドブック 日本膵臓学会教育委員会 編 2020年4月 診断と治療社
  2. 膵癌取扱い規約 第8版 日本膵臓学会編 2024年7月 金原出版株式会社
  3. 患者・市民のための膵がん診療ガイド 第4版 2023年版 日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン改訂委員会 編 2023年5月 金原出版
  4. 膵癌診療ガイドライン 2025年版 日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会 編
  5. 国立がん研究センター がん情報サービス 2025年

同友会メディカルニュース / 医療と健康(老友新聞)

同友会メディカルニュース

小石川の健康散歩道

保健師コラム

第48回
夏の疲れを秋に持ち越さない!~いまから始めるリカバリー習慣~NEW
第47回
「朝食の効果」~まずは1品から始めてみませんか~
第46回
ヘッドホン難聴(イヤホン難聴)を知っていますか?
第45回
なりたい自分の第一歩、考えてみませんか?
第44回
がん検診の受診はお済みでしょうか?
第43回
「座り過ぎ」に要注意!   ~毎日コツコツ、病気予防~
第42回
味噌汁は健康づくりの救世主?!~味噌汁の塩分量と栄養素どっちをとる?~
第41回
食べる・育てる・観る ガーデニングの良いところ
第40回
推しの力!
第39回
炭酸飲料?お茶?あなたは何を飲みますか?
第38回
気になる喉の乾燥の防ぎ方
第37回
香りやにおい、マスク着用の日々だからこそ、意識してみませんか。
第36回
こころを整える 〜リフレーミングをとりいれて〜
第35回
パンダと一緒に健康に!?
第34回
好きな香りはありますか?
第33回
快眠のための寝具について
第32回
マスクと肌トラブル
第31回
腸内環境を整えよう~腸活のススメ~
第30回
手洗い・消毒後は、保湿をセットで手荒れを予防
第29回
心を満たす食卓が鍵
第28回
『コロナ太り』を解消!要因を知って具体的な対策に
第27回
外出自粛期間を乗り切るコツ 運動編
第26回
飛行機内の湿度は砂漠よりも低い?!
第25回
「お料理」のススメ
第24回
階段利用で歩数UP・プチ筋トレ♪
第23回
釣って食べる!海釣りのオススメ~船酔い(乗り物)酔い対策編~
第22回
素敵な和菓子
第21回
『デンタルケアから始める健康管理』
第20回
『気にしていますか? 夜間熱中症』
第19回
本当の血圧はどれくらい? ‐意外と知らない血圧上昇の原因‐
第18回
五感を働かせ、楽しみながらの英語習得!認知症予防にも効果的!?
第17回
「素敵な靴は、素敵な場所に連れて行ってくれる」って本当?!
第16回
今、スポーツ観戦がアツイ!
第15回
釣って食べる!海釣りのオススメ ~運動編~
第14回
太鼓に感動!
第13回
運動前の糖質摂取―大事なのは種類とタイミング―
第12回
体質は遺伝する、習慣は伝染する。
第11回
新生活を迎える時ほど大切に!家族・身近な相手とのコミュニケーション
第10回
もっと気軽に健康相談♪
第9回
食材で季節を感じてみませんか?
第8回
夏の日差しを楽しむために
第7回
休日は緑を求めて…
第6回
お風呂好きは日本人だけ?
第5回
気分の高揚を求めて
第4回
みなさん、趣味はありますか?
第3回
休み明けの朝だってすっきりさわやか、そんな生活への...
第2回
忙しい日々こそ、1日をふりかえること。
第1回
少しの工夫で散歩が変わる!

お元気ですか

季刊誌 お元気ですか

2025年10月号
  • 私の健康法
    元スピードスケート選手
    長野オリンピック金メダリスト 清水 宏保さん
  • 逆流性食道炎について
    TJK西新橋保健センター 医師 中村 公子
  • 秋の味覚「秋刀魚」
  • 腹囲引き締め筋力トレーニング その2
  • 目を守るために知っておきたいドライアイ対策
  • 専用フロアで受診する 春日クリニック特別ドックのご案内
  • 江東区にお住まいや、ご利用の皆様
    深川クリニック 人間ドック・健診センターをご利用ください

ページトップ