2018年12月号
失神の原因と対処法
失神とは、何らかの理由で一過性に意識を失い、短時間で自然に回復することをいいます。この様な状態になることを「貧血を起こした」という場合がありますが、貧血というのは血液中の赤血球が少なくなった状態のことなので、医学的には区別して扱われます。失神は主に外来で相談されることがある症状ですが、健診などでも採血時を中心に失神による転倒事故などがごく稀に発生するため注意深い対応が必要です。
失神の分類は表1のように多岐にわたりますが、基本的には脳全体に一過性の血流低下が起きることが原因となるものに限られます。他に意識がなくなる病気の例としては、てんかん発作がありますが、これは血流低下とは異なる病態のため失神には含まれません。その他、脳梗塞や一過性脳虚血発作など、脳の血管自体がつまったり、細くなったりして起きる症状もガイドライン上は失神には分類されません。
様々な失神の原因の中でも、心臓の病気が原因となる心原性(心血管性)失神は要注意です。特に不整脈に伴う失神はしっかりと診断をつけることが大切であるため、24時間ホルター心電図という携帯用の心電図を一日装着する検査などを実施しますが、症状の頻度が少ない場合には不整脈の検出が難しくなります。
そのような場合に最近実施されるようになった検査方法として、植込み型心電モニタ(ループレコーダー)があります。これは厚みが数ミリ、長さが数センチのごく小さな心電図の記録計を胸の皮膚の下に植込み、長期間にわたり心電図を観察することで、症状が出現した時の心電図をとらえます。2018年6月にスマートフォン対応植込み型心臓モニタ(アボット社)が新たに保険収載されるなど技術の進歩が見られますが、体に埋め込む処置に対する相応のリスクがあるため、失神が非常に危険な不整脈によることが示唆されるなどの高リスクの患者さんに対してのみ専門の施設で行われます。
こういったリスクの高い失神はそれほど多くみられるわけではなく、実際に多いのは反射性(神経調節性)失神の中の血管迷走神経性失神です。これは痛みや恐怖などのストレスにより神経の反射が生じ、脈拍と血圧が低下することによって失神に至ってしまうものです。長時間起立していることでも起きるので、学校の全校朝礼で倒れたり、電車の中で立っていて気持ちが悪くなったりするのもこの反射によるものがほとんどです。それ以外でも状況失神として咳、嚥下、排尿など様々な動作や状態に伴い失神してしまうこともあります。
私の経験した患者さんでは、嚥下などの動作をすると、脳神経の一つである舌咽神経という舌や喉の奥の領域を支配する神経の痛みが生じ、この神経痛が起きている間に失神してしまう方がいらっしゃいました。この方は発作中の心電図で最長26秒の心停止が認められたため、一時的にペースメーカーを植込み、その後舌咽神経痛の原因となっている個所を脳外科の先生に手術で治してもらったところ症状が起きなくなりました。
この様に、重篤な不整脈がある場合にはペースメーカーの植込みなどが必要になりますが、反射性失神や起立性低血圧による一般的な失神では手術や投薬まで行うことはまれです。対処方法としては、脱水、飲酒、長時間の立位など誘因となるものを避けることや、失神しそうな状況になった場合にしゃがむなどの生活指導での対応が主になります。健診でも採血やマンモグラフィ検査などで疼痛や緊張に伴い気分が悪くなったり失神してしまったりすることがごく稀にありますが、このような経験がある方は、次の健診からは横になって採血をするよう申し出ていただいたり乳房超音波検査に変更したりするなどの対応をお勧めします。
参考文献
- 失神の診断・治療ガイドライン(2012年改訂版)
- 失神の臨床 日本医師会雑誌 第146巻・第4号 平成29年
- Takaya N, Sumiyoshi M, Nakata Y. Prolonged cardiac arrest caused by glossopharyngeal neuralgia. Heart. 2003 Apr; 89: 381.
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