同友会メディカルニュース

2017年11月号
人工知能の医療への応用

2015年7月に東京大学医科学研究所(以下、東大医科研)が導入した、アメリカ大手IT企業であるIBMのコンピュータ・システム「ワトソン」が、血液疾患専門の医師でも診断することが難しい特殊な白血病である「二次性白血病」を、わずか10分の解析で見抜きました。また、その結果を受けて治療を行い、60代の女性患者の命が救われたことが、2016年8月にテレビや新聞で報道され、話題になりました。今回は、人工知能の現状と、その医療への応用について解説させて頂きます。

1.人工知能とは何か

人工知能とは、広義には、人間の思考や機能などをコンピュータ上で実現しようとする技術である、と言われます。こうした取り組みは、1970年代から存在しますが、近年、テクノロジーが発達したことにより、「ニューラルネットワーク」や「ディープラーニング(深層学習)」などの人工知能に活用される技術が飛躍的に向上し、特に話題となっています。

一般に人工知能と言うと、SF映画である「2001年宇宙の旅」、「ターミネーター」、「マトリックス」などを想像される方も多いと思いますが、人格や感情を完全にコンピュータ上で再現するところまでは、たどり着いていません。これが、人工知能の現状です。

①ニューラルネットワーク

ニューラルネットワークとは、脳の神経細胞(ニューロン)が訓練や学習によってシナプス(細胞間の結合)の連結強度を増し、最適な問題解決能力を持つに至る構造を、コンピュータ上で再現しようとするモデルのことです。

<図1>ニューラルネットワーク 入力層・中間層・出力層

ニューラルネットワーク 入力層・中間層・出力層

②ディープラーニング(深層学習)

ニューラルネットワークを多層化し、学習強度を高める技術を、ディープラーニング(深層学習)と呼びます。また、ニューラルネットワークの中間層に多層のニューロン層を持つものを、ディープニューラルネットワークと呼びます。

<図2>犬を学習するディープニューラルネットワーク

犬を学習するディープニューラルネットワーク

2.医療分野で活躍するIBM ワトソン

これまでのコンピュータは、データ構造が定義された計算は得意ですが、自然言語(人間が普段話している言葉)で書かれた文章や、画像の意味をとらえること、つまり「非構造化データの処理」は困難でした。ビックデータの時代となり、ビックデータの8割を占めるといわれる非構造化データを効率よく扱うことができるコンピュータ・システム「ワトソン」を、IBMは開発しました。

多数の人工知能関連技術を活用できるワトソンは、2011年2月にアメリカのクイズ番組「Jeopardy!(ジョパディ!)」で、人間のクイズ王と対戦し、優勝したことで注目を集めました。その準備として、ワトソンに、ウィキペディアや過去のクイズ問題を大量に学習させました。

同じ理屈で、医学情報を大量に学習させると、医学に詳しいワトソンができます。医療の現場では、既に、人間が扱える量をはるかに超える膨大な情報が蓄積されているのが現状です。電子カルテのデータは各病院で増え続けていますし、医学論文はウェブでアクセスできるものだけでも2000万件以上が存在しており、さらに毎年20万件以上の新たな論文が発表されています。また、ゲノム情報(遺伝子に関する情報)も増え続けており、ヒトの細胞の全てのゲノム情報を読み取ると、約100ギガバイトのデータが生成されます。遺伝子が存在する染色体は、ヒトの場合およそ30億の塩基配列で構成されていますが、がん細胞では、そこに数千から数十万の遺伝子変異がみられます。

2015年7月、東大医科研がアメリカとカナダ以外で初めてワトソンを導入し、2000万件超の論文、約1500万件の薬品の特許情報、世界中の研究機関から集められた約100万のがんの遺伝子変異に関する情報などを学習させました。

2016年8月に報道された60代の女性患者は、当初、担当医師から「急性骨髄性白血病」と診断され、この白血病に効果がある抗がん剤の治療を数か月間にわたって受けていました。しかし、意識障害を起こすなど容体が悪化し、その原因も分かりませんでした。そこで、女性患者の1500に上る遺伝子変異のデータを、ワトソンに入力して分析したところ、わずか10分で「STAG2」という遺伝子の変異が原因である「二次性白血病」の可能性が高いことを見抜き、抗がん剤の種類を変えるように提案しました。女性患者は、治療が遅れると、免疫不全による敗血症などで死亡していたおそれもありましたが、ワトソンが病気を見抜いた結果、担当医師が治療薬を変更し、無事退院しました。現在までに、合計41人の患者について、診断や治療方針の決定に役立つ情報を、ワトソンが提供したとのことです。

東大医科研では、ワトソンを用いて、がん細胞の遺伝子の解析、および、がんに効果的な薬剤の選定に関する研究が続けられています。これらの研究が進むと、治療に役立つだけでなく、効果が低い抗がん剤の使用を減らせることによって、医療費の削減につながる可能性も出てきました。

3.まとめ

ワトソンをはじめとする人工知能関連技術は、膨大なデータから新たな可能性を人間に提示するための技術であり、研究や診療の支援に役立てることができます。しかし、病気の診断や治療方針の決定は、現代の価値観とルールにおいては、あくまでも医師が行うものであり、人工知能に置き換えることはできません。人間が処理できる情報量には限りがありますので、これからの時代は、人工知能関連技術を有効に活用し、人間の知的活動の範囲を拡大していくことが求められます。

  • 参考文献:
  • 1) 松尾 豊:人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの, 角川EPUB選書, 2015.
  • 2) 松田 卓也:2045年問題 コンピュータが人類を超える日, 廣済堂新書, 2013.
  • 3) 岡谷 貴之:機械学習プロフェッショナルシリーズ 深層学習, 講談社, 2015.
  • 4) 巣籠 悠輔:詳解 ディープラーニング TensorFlow・Kerasによる時系列データ処理, マイナビ出版, 2017.
  • 5) 溝上 敏文 : コグニティブ・コンピューティングと医療の世界 ―IBMワトソンを支える機械学習と自然言語処理. 実験医学 34: 749-754, 2016.

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