同友会メディカルニュース

2012年2月号
消炎鎮痛剤とがんの意外な関係 ~熱冷ましでがんの予防?~

「アスピリン」という名前の薬の名前を聞いたことはあるでしょうか。正式名称は「アセチルサリチル酸」といって、主に解熱や鎮痛目的に使われる非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)の代表格です。市販の熱冷ましや痛み止めを持っている方はその成分をよく見ると載っているかもしれません。また使う量を調節すれば血小板の凝集を抑える働きもあるので、脳梗塞や心筋梗塞などの血管イベントを予防する目的で病院から処方されて服用されている方も多いと思います。今回は、一世紀以上も前に登場したこの身近な薬が、実はがんを抑える働きにも使えるかもしれないというお話です。

聞き慣れない名前が続いて少しだけややこしく感じるかもしれませんが、アスピリンをはじめとするNSAIDは、シクロオキシゲナーゼ(COX)という酵素を妨害することによって、アラキドン酸からプロスタグランジンという物質が作られるのを抑えます(図1)。プロスタグランジンには炎症・発熱作用があるので、それを抑える事によって解熱や鎮痛効果を発揮するわけです。このプロスタグランジンは人が生きていく上でとても大切な物質で、体の様々な機能を調節する潤滑油のようなものなのですが、その多様な働きの中には血管を増生したり細胞が分裂・増殖するのを手伝ったりする事もあります。この働きが過ぎるとがんになりやすいのではないかと考えられていて、アスピリンがそれを抑えてくれるのではと期待されています。

図1・NSAIDの働く仕組み

具体的には、大腸がんではCOXの発現が普通の人より亢進していて、その結果プロスタグランジンも増えて腫瘍の増殖を促進していると言われています。古くは1970年代の米国の疫学調査でアスピリンの服用で大腸がんによる死亡を30~40%抑制できるという報告があり、また1990年代にはマウスを使った実験でCOXをノックアウト(働かなく)すると大腸がんの原因になる腺腫(ポリープ)の数が有意に減り,あるいはノックアウトしなくてもCOX阻害薬(NSAID)の投与でも腺腫の減少が認められる事がcellという有名な学術雑誌で発表されています。

最近では、オックスフォード大学のDr. Peter Rothwell氏らが、これも著名な学術誌であるLancetで、14,000人以上の統合データから20年間のリスク推定値を算出した結果およそ5年間日常的にアスピリンを少なくとも75mg服用していた患者は大腸がんの発症リスクが24%低下し、またそれによる死亡リスクは35%低下したことを示しました。 ※1)また同様の効果は大腸がんに限らず、アスピリンを20年間の継続服用することで前立腺がんでは10%、肺がん30%、大腸がん40%、食道がんでは実に60%少なくなり、がん全体でも死亡するリスクは21%少なくなると報告されています。 ※2)

しかしこういった話を聞いて、さっそく今日からアスピリンを飲んでがん予防に努めようと考えるのは早計です。まず、これまでの報告のほとんどはもともとアスピリンとがんの関係を調べるためにデザインされたものではなく他の目的の調査を利用したもので、本当に公平でランダムな試験とは言えません。服用しようにもアスピリンの適切な投与量や服用期間、間隔が定まっていないという問題もあります。またNSAIDの副作用(胃潰瘍や脳出血など)による死亡が十分に考慮されておらず、もしかするとがんで死ぬ確率は減っても出血死の確率が増えて結局トータルはマイナスという可能性もあります。NSAIDはその種類や量によっては狭心症や心筋梗塞の危険を逆に高めてしまう事も分かり、研究が途中で中断するという事態も起きています。性急な判断は禁物で、アスピリンをはじめとするNSAIDが本当に副作用のデメリットに勝るがん抑制効果を持つか、その為にはどの種類の薬をどれくらい使えばよいかについては、更なる臨床試験の結果を待つ必要があるのが現実ですが、身近にある薬の意外な力の可能性について今後の研究成果の発表に注目したいところです。

イラスト

  • 参考文献
  • ※1)Long-term effect of aspirin on colorectal cancer incidence and mortality: 20-year follow-up of five randomised trials:
    Peter Rothwell et al, The Lancet, Volume 376, Issue 9754, Pages 1741 - 1750, 20 November 2010
  • ※2)Effect of daily aspirin on long-term risk of death due to cancer: analysis of individual patient data from randomised trials:
    Peter Rothwell et al, The Lancet, Volume 377, Issue 9759, Pages 31 - 41, 1 January 2011

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