2014年9月号
睡眠時無呼吸症候群:いびきだけではない危険な病気
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)とは、睡眠中に呼吸停止、低呼吸になる病気です。医学的には、10秒以上の気流(気道の空気の流れ)停止が「無呼吸」であり、無呼吸が一晩(7時間の睡眠中)に30回以上、もしくは1時間に5回以上見られることが睡眠時無呼吸、呼吸が停止しなくても、血液中の酸素濃度が低下した状態が低呼吸とされています。
近年、SASや居眠り運転が原因の交通事故がマスコミ等でも多く取り上げられており、日本における潜在患者数は、実は250万人以上とも言われているよくある病気の一つですが、その治療対象の85%の患者さんが未受診と推計されています(1)。
SASが関与したとされる事故災害としては、アメリカ・スリーマイル島原子力発電所事故(1979)、チェルノブイリ原子力発電所爆発事故(1986)、日本でも、山陽新幹線の居眠り運転(2003)、最近では、関越自動車道のツアーバス45人死傷事故(2012、SASの運転手は実刑判決)などが知られています。
SASによる居眠りや眠気、それに伴う集中力低下は、仕事や運転にも悪影響を与えかねません。中等症以上*のSAS患者では、交通事故を起こす頻度は約7倍になり、米国では交通事故死の年間4万人のうち15~20%がSASの関連事故と推測され、睡眠に関わるミスや事故のコストは年間460億ドル、生産性の低下は年間1,500億ドルと報告されています (2-4)。
眠気やいびき以外にも・・・。
症状としては、いびき、睡眠中の中途覚醒や悪夢、日中の眠気や集中力低下、頭痛、睡眠障害に伴ううつ症状などが見られ、高血圧症、糖尿病、冠動脈疾患・不整脈・心不全などの心臓病や脳血管疾患とも関連があることが知られています。SAS患者は、一般人口と比較して、冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)を約3倍、脳血管疾患を3~5倍の頻度で合併する「怖い病気」なのです。
特に、高血圧症では、軽症SASで約2倍、中等症で約3倍の発症率となり、薬剤抵抗性の(2剤以上の降圧薬を使用してもコントロール不良な)高血圧患者のSAS合併率は80%以上にものぼります。実際、SASの治療により、血圧のコントロールが良好になる方も多くいらっしゃいます (1)。
また、SASを含めた睡眠障害は、血糖を下げるインスリンホルモンの効果を減弱し(インスリン抵抗性の悪化)、それに伴うインスリンの過剰分泌に関与し、SAS患者の約50%に糖尿病、あるいは糖代謝異常が認められます。SASに対するCPAP治療(後述)により、体重は変わらず内臓脂肪の減少をきたすとの報告もあり(5)、SASとメタボリック症候群の密接な関連性が指摘されています。
原因
閉塞性と中枢性(気道の閉塞がない脳血管障害、心不全、高山病などによるもの)、その混合があり、一般的に多い閉塞性SASの原因は、【1】肥満(首周りの脂肪の沈着)、【2】咽頭扁桃部異常(扁桃肥大、アデノイド、舌の低位や大きいこと)、【3】耳鼻科疾患(アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎)、【4】骨格(小顎、鼻中隔弯曲)、【5】アルコールや薬物(睡眠薬)【6】年齢などにより気道が狭くなるため起こります。(図1)
検査
1. 終夜睡眠ポリグラフ・ポリソムノグラフィー
脳波、心電図、眼球やおとがい筋(下あごの筋肉)、胸腹部の動き、体位、鼻からの気流、動脈血中の酸素濃度を連続して計測し、総合的に診断する検査。1~2泊入院して行う。
2. 簡易型検査(当会で実施)
睡眠中の鼻からの気流による呼吸停止時間や回数、酸素濃度をポータブルの機器で計測する検査。機器を持ち帰り自宅での検査も可能。
治療
1. 減量
過体重の場合、治療の大原則となります。減量により、上気道周辺の脂肪が減少し、狭窄が改善します。減量+CPAP治療を行った場合、CPAP治療のみと比較し、血圧やインスリン抵抗性、中性脂肪も優位に改善するとの報告もあります(6)。
2. 持続陽圧呼吸療法 (図2)
Continuous Positive Airway Pressure(CPAP:シーパップ)と呼ばれます。
閉塞性SASに有効な治療方法として現在欧米や日本国内で最も普及している治療方法で、寝ている間の無呼吸を防ぐためにCPAP装置からチューブを通して鼻や口に装着したマスクに空気を送り続けて気道を広げておくものです。月一回の通院、CPAP装置のレンタルが必要となりますが、全て保険適応となっており、治療費は月5000円程度となっています。
3. マウスピース(スリープスプリント)
マウスピースの装着により、下顎が前に出た状態で固定し、気道の狭窄を防ぐ。主に肥満がなく顎が小さい方が対象となります。
4. 外科的治療
口蓋垂(いわゆるノドチンコ)・口蓋扁桃・軟口蓋(口蓋垂の周りの部分)の一部を切除し気道を広げます。歯列矯正などが有効なこともあります。
5. その他
軽症の場合、合併するアレルギー性鼻炎や逆流性食道炎の治療や体位(横向きに寝る)、禁煙、禁酒などにより改善することもあります。
いびき、起床時の頭痛、日中の眠気や集中力低下、体重増加、血圧や血糖のコントロールがなかなかつかない方は、「隠れSAS」かもしれません。一度検査をうけてみてはいかがでしょうか?
*:SASは、無呼吸の程度(検査結果)により、軽症、中等症、重症に分類されています。
当会では、睡眠時無呼吸症候群専門外来があり、また、健診・ドックのオプション検査としても、簡易型検査をお受けいただけます。
参考文献:
- 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン2010
- Findley LJ, et al. Serious motor vehicle crashes: the cost of untreated sleep apnoea. Thorax. 56:505, 2001
- Wake Up America: A National Sleep Alert. Dement WC ed. the Secretary U.S. Department of Health and Human Services. 1993.
- Wittmann V, et al. Health care costs and the sleep apnea syndrome. Sleep Med Rev. 8:269-79, 2004
- Chin K, et al. Changes in intra-abdominal visceral fat and serum leptin levels in patients with obstructive sleep apnea syndrome following nasal continuous positive airway pressure therapy. Circulation. 100:706-12, 1999
- Chirinos JA, et al. CPAP, weight loss, or both for obstructive sleep apnea. N Engl J Med. 370:2265-75, 2014
- 春日クリニック 睡眠時無呼吸症候群(SAS)外来のご案内
- http://www.kasuga-clinic.com/gairai/mukokyu.html
- 春日クリニック オプション検査 睡眠時無呼吸検査のご案内
- http://www.kasuga-clinic.com/option_mukokyu/
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小石川の健康散歩道
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